セイバーメトリクスがアメリカで発展したのはなぜか?

セイバーメトリクス入門〜アメリカ生まれの野球数理学

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セイバーメトリクスがアメリカで発展したのはなぜか?

なぜ、アメリカではセイバーメトリクスが生まれ、
日本では生まれなかったのか。

 

私の仮説ですが、これは職人文化とマニュアル文化の差と、
共有する空気に対する反論がしやすい社会かどうかの差ではないか、
と思うのです。

 

 

日本では高い技術をもっている職人は尊敬を受けます。

 

技術や長年の勘というものが重視されますが、それを誰でも身につけやすく、
マニュアル化する、という考え方はあまりありません。

 

 

アメリカでは、このような人に依存するような技術を極力排し、
皆で共有しようとします。誰でもマニュアルを見ればできますよ、
というものです。

 

多様な人種を抱えるアメリカでは、マニュアル化するということが、
日本よりも重視されます。行間を読めとか、
見て盗めという話は通用しません。

 

 

個人が身につけた職人芸でも、マニュアル化できるのでは?
という発想ができるのがアメリカの考え方ではないかと思います。

 

それでも、個人の技術に尊敬が与えられることは日米変わりません。

 

 

その点では、技術を身につけることへの侮辱ということで、
アメリカでもセイバーメトリクスについては当初反発もあったのです。

 

 

しかし、皆が共有する価値観に対する異をとなえることを許容する、
文化という意味では、アメリカの方が多少おおらかであったということではないかと思います。

 

 

セイバーメトリクスの実際への応用において例を上げれば、スカウティングです。

 

職人芸のような眼力と分析力で選手を発掘する名スカウトはいるでしょうが、
そういう人を教育で作り出すのは無理でしょう。

 

 

選手のどこを見て評価すればいいのか、その評価は個人の勘や主観ではないのか?
これは全てルーチン化してマニュアル化できるのではないか?

 

という考えが生まれるかどうかです。

 

 

文化の根底に技術や方法論をマニュアル化するという志向性があるかどうか、
という点で、アメリカではサイバーメトリクスのような考え方が生まれる
土壌があったのだと考えます。

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